ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

ケース流し読み:44才:左頸部の痛みと腫脹

□ケース流し読み:44才:左頸部の痛みと腫脹
※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください

Case 14-2019: A 44-Year-Old Man with Neck Pain and Swelling(N Engl J Med 2019;380:1854-63.)

4page目にようやく既往歴が出るという病歴の長さ。。。

20才の時に精巣癌があり摘出と化学療法,他に喘息(ICU入院歴あり),高血圧,脂質異常症,冠動脈疾患がありEF 28%,びらん性食道炎とうつのがある。内服はアスピリン,クロピドグレル,スタチン,β-blocker,ACE-I,ガバペンチン,クエチアピン,PPI。10本/dの喫煙歴が16才からある。マリファナも使用している。

12週前にICUを左胸部に植え込み。その後から増悪関係を繰り返す左頸部に腫瘤とそれに伴う左上肢の痛みやしびれが出現した。胸部XrでICDのリードの位置に問題はなく,ドップラーで血流はなし,造影CTで内部不均一な腫瘤影があり,穿刺したら血性だった。
穿刺したもののG染色や抗酸菌染色は陰性,安静,クロピドグレル中止,抗菌薬,ガバペンチン,鎮痛薬で経過をみていたが増悪と関係を繰り返していた。
バイタルは特に問題なくトロポニンふくむ一般的な項目は特に異常はなかった。

12wたっても改善得られないために再評価となった。造影CTでは頸部左側の軟部組織の左総頸動脈と腕神経叢に隣接している直径4.0 cmの腫瘤が認められた。腫瘤内には小さな石灰化があり,血管閉塞の所見はなかった。針吸引が思考され血性の液体が1.5ml採取できた。G染色では単核球があり好中球や細菌はいなかった。

さて診断はなんでしょうか?
というMGH case recordでした

「DAPT内服中でICD植え込み後に生じた腫瘤影で穿刺したら血性」なので血腫が考えられるわけですが...

・ICD植え込みに伴う血腫は頸部や鎖骨上部ではなく挿入部にできるのが一般的
・血腫は典型的には早期合併症であり12週も続かない


ということで「血腫に一致しない」部分が複数でてきた
なんども増悪するし12wも継続するのはおかしい。「search satisfaction, framing, premature closure, anchoring, confirmation bias, and diagnostic momentum.」などのヒューリュスティックエラーに対抗するために鑑別診断は広くするべき

ということで石灰化の存在と画像上の内部不均一から後天性頸部腫瘤が考えられた

鑑別診断
→血管(血管損傷,動静脈瘻)
感染症(膿瘍)
→リンパ節転移する疾患(キャッスルマン病,サルコイドーシス,木村病)
→自己免疫性腫瘤
良性腫瘍(complex cyst,骨軟骨腫,円柱腫,毛母腫)
原発性悪性腫瘍(リンパ腫,肉腫,傍神経節腫)
→転移性悪性腫瘍(甲状腺,気道,消化管,既往の腫瘍...)

腫瘍の生検が推奨された。血管損傷も考慮すべきなので動脈造影も行われた。
血管造影で問題なかったため生検となり最終的に精巣腫瘍(未熟奇形腫)の再発の診断に

セミノーマの精巣腫瘍ではサブタイプの混合することはよくあるそうです(60%の未熟奇形腫,30%の胚性癌腫,10%が絨毛癌だった)

奇形腫は癌ではないため数年持続することがある。後腹膜,色々な場所のリンパ節(肺,縦隔,頸部,鎖骨上窩,骨盤...)で遅発性の再発をおこすことがある

ということで最終診断は「転移性思春期後型未熟型奇形腫」というケースでした

典型パターン/illness script/gestaltを知っておいて合わない時に鑑別を考え直す...言葉にするのは簡単ですが,BPPVのように非典型的例は要注意なものから虫垂炎のようになんでもありなパターンまであるので本当に難しいなと思います

解説にヒューリュスティックエラーとしてバイアスの解説があったので触れてますと

search satisfaction:検索満足(これだけ調べたからもういいよね)
framing:見方次第で印象や判断が変わるバイアス(生存率97%と死亡率3%は心理的な影響は違う)
premature closure:早期閉鎖,これはもう○○だよねと診断をそこで決める
anchoring:アンカリング/錨(船が錨を降ろすのと同じように,一度診断に錨を降ろすとなかなかそこから離れるのは難しい)
confirmation bias:確証バイアス/あとから合わない情報がでてきても,「そういうこともあるよね」と軽視して初期診断を優先する
diagnostic momentum:一度診断のラベルが貼られてそのままに...(アンカリングに類似)

バイアスを勉強すること自体に診断エラーを防ぐ効果はない( Acad Med. 2017 Jan;92(1):23-30)とはいわれていますが..

バイアスに興味ある人はThe importance of cognitive errors in diagnosis and strategies to minimize them.(Acad Med. 2003 Aug;78(8):775-80.)の文献や「ABC of 臨床推論」の本がおすすめです

今回のケースを詳しく読みたいかたは

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1900421

を参照ください