ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

ケース流し読み 60代女性 大球性貧血+下痢

□ケース流し読み:2019年10月 CPS The Element of Surprise(N Engl J Med 2019;381:1365-71.)

ため込んだCPS(とMayoの症例)を少しづつ放出していきます。

※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください

タイトルに「Element」があって大球性貧血なので...察していたのですが,それだけでは終わらず魅せてくれるCPSでした。

詳しく読みたいかたは
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcps1811547
を参照ください

既往に片頭痛,うつ,上室性頻脈,アルコール乱用(3年間断酒中)がありSSRIやベラパミルを内服している64才女性が三ヶ月前に出現し増悪傾向の倦怠感と労作時に増悪する息切れで受診した。2回転倒したが意識消失や頭部打撲はなかった。胸部不快感,動悸,足の痺れ,歩行不安定,脱力の症状はなかったが,そのほかの症状として3ヶ月で5.5kgの体重減少と軟便の症状があった。血便,黒色便,腹痛はなく,夜間の下痢や特定の食事との関連はなかった。以前は隔日で規則正しい排便があり3年間にCFが行われ特に異常はなかった。バイタル異常は特になく,診察では結膜の貧血と収縮期雑音があり,浮腫,バチ指,チアノーゼ,筋力低下,病的反射はなかった。
L/DではWBC 1990 Hb 3.9 Plt 21.4万 MCV 111 Reti 0.7%と2系統の減少があり,スメアでは球状赤血球,破砕赤血球はなく二分葉好中球が認められた。LDH 168 鉄 176 TIBC 275 フェリチン 814 VitB12 281 葉酸 11.9。ホモシステイン,メチルマロン酸は正常。クームス検査は陰性。TSHは正常。
5ヶ月前のCBCWBC 7610 Hb 11.9 Plt 23.5万と問題はなく,輸血により症状は改善した。骨髄生検の結果では芽球の上昇はなかったが,骨髄の空胞,赤血球前駆体,環状鉄芽球がありMDS様だった。染色体異常やエクソンシークエンスにおける異常はなかった。


さて診断は何でしょうか?という症例でした




過去のCPS亜鉛過剰摂取による銅欠乏も出ていたのもありElement=Cuなんだろううけど、そうすると軟便や原因はなんだろう?という思いつつ読んでいました
その後の解説を抜粋しますと

・重度の大球性貧血と白血球減少は骨髄産生障害か末梢の破壊に由来する。Retiが低いので骨髄産生障害を考える。
・大球性貧血の鑑別はVitB12欠乏,銅欠乏,葉酸欠乏,薬剤性(MTX,アザチオプリン,ヒドロキシウレア),骨髄疾患(MDS,AA...etc),肝疾患,長期アルコール摂取,甲状腺機能低下など
・大球性貧血+白血球減少の組み合わせの鑑別は骨髄疾患,巨赤芽球性貧血,薬剤性,銅欠乏
・二葉好中球は偽ペルゲル・ヒュエット異常(Pseudo Pelger-Huet anomaly)といわれMDS,白血病,薬剤性などで生じる。(Pseudoは先天性と区別するため)
・VitB12は正常下限だがメチルマロン酸,ホモシステインが正常なのでVitB12欠乏ではない。貧血や白血球減少の原因には骨髄検査が必要。偽ペルゲル・ヒュエット異常を考えるとMDSを考慮する
・MDS様の所見はあるが染色体異常やエクソンシークエンスにおける異常がない点もあわせMDSの可能性は低い(?)
・MDSのような所見をきたすものとしてVitB12欠乏,葉酸欠乏,銅欠乏,SLE,RA,薬剤性(MTXやアザチオプリンなど)などがある。環状鉄芽球はミトコンドリアにおける異常な鉄隔離に関連している鉛暴露,アルコール使用障害,VitB6欠乏,銅欠乏などでみられる。ということで銅欠乏の評価が必要であり,銅欠乏の一因に亜鉛過剰があるので亜鉛の評価が必要


ということで亜鉛と銅を評価したところ,亜鉛は237μg/dl(正常は66-110μg/dl),銅 10μg/dl(正常は75-145μg/dl)だったため銅欠乏の診断に!!
銅欠乏の原因は原因は亜鉛摂取...なのでしょうか?


・銅欠乏の原因には栄養失調,吸収障害,過剰な亜鉛摂取が含まれる。体重減少と軟便から吸収不良の原因や亜鉛に関する追加の病歴摂取が必要。
亜鉛含有のトローチ,サプリメント,歯磨き,うがい薬の使用歴はなかった
内視鏡を行ったところ胃のびまん性紅斑性粘膜や十二指腸生検での絨毛萎縮やリンパ球診断がありセリアック病が疑われた。銅染色で過剰な銅はなかった。
・組織トランスグルタミナーゼ(rTG)抗体の検査が行われIgAとIgG抗体は68(正常0-19)と28(正常0-19)と上昇していた。

ということでセリアック病→吸収不良→銅欠乏という流れだったようです。Commentaryでもでるのですが亜鉛摂取がなくても銅欠乏の症例で亜鉛を測定すると上昇していることがあるようで,腸細胞に過剰な銅がないことは亜鉛過剰摂取が銅欠乏の原因でないことを示すということでした。セリアック病の治療はグルテンフリーの食事の遵守で,コントロール不良の長期合併症に栄養不足,貧血,骨粗鬆症,小腸のT細胞リンパ腫などがあります。

ということで銅欠乏に対して銅の補充をしたところHbは2wで7.7から10.1まで改善。しかしながら安静時の低酸素血症が発症しどんどん増悪。胸部CTが撮像され両側性の間質性と肺胞の浮腫が認められた。当初は輸血による過剰負荷と判断され利尿剤で治療されたがむしろ低酸素血症は増悪し乾性咳嗽が続いていた...


診断はなんでしょうか? 


精査目的に気管支鏡が行われ肺胞出血が認められた。この患者の場合,セリアック病に関連する肺ヘモジデローシス,レーンハミルトン症候群が考えられる,ということでグルテンフリーの食事に関してカウンセリングをうけ経口銅による維持療法をうけたところCBC異常は改善し,胸部画像異常も消失したという症例でした。

そのほかにも

・倦怠感が主訴の人には筋力低下や日中の過度な眠気を聴取する
・メトクロプラミドによる嘔気の症状緩和は胃不全麻痺を考える

などの解説の話も参考になりました。

【Commentary 抜粋】

・銅欠乏は西欧諸国では稀。銅の摂取元としては乾燥豆,全粒粉,ナッツ,レーズン,肉,魚など。銅は十二指腸にある銅輸送体1(CTR1)から吸収される。銅欠乏は胃バイパス術後,吸収不良,亜鉛過剰摂取,TPNの人で発症しやすい。後天性銅欠乏の症状には可逆的な血液学的異常と回復しにくい神経学的徴候がある。血液学的異常には貧血,好中球減少,まれに血小板減少がある。貧血は大球性,正球性,小球性のどれもとりうり,その原因は不明。
・骨髄検査はMDSに類似し誤診につながる可能性がある
・神経学的所見はVitB12欠乏に類似し脊髄症,末梢神経障害,反射低下,痙性歩行や感覚性失調を呈することがある
・過剰な亜鉛摂取は銅欠乏のリスクだが亜鉛の過剰摂取がなくても銅欠乏の症例での亜鉛上昇の報告がある。この症例は十二指腸生検で腸細胞に過剰な銅はなかったので亜鉛の過剰による銅欠乏ではないことを示唆する。

・セリアック病の合併症としての銅欠乏はいくつかのケースシリーズで報告されている。そしてこの患者はセリアック病の稀な合併症の特発性肺ヘモジデローシス,レーンハミルトン症候群も伴っていた
 
ということで本症例では脊髄症の有無にかかわらず白血球減少や骨髄異形成がある人で銅欠乏を考慮しましょうというCPSで大変勉強になりました。