ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

□ケース流し読み:31才女性,繰り返す小球性貧血

□ケース流し読み:31才女性,繰り返す小球性貧血

 
2019年8月のCPSです
次出す予定の11月号もそうなんですがCPSは勉強になりつつも魅せてくれるから面白いなぁと思います

※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください

A Diagnosis to Chew On(N Engl J Med 2019; 381:466-473)

ピロリ菌感染の既往と気分障害で治療中の31才女性が以前に腹痛と嘔吐で受診した。発熱,血便,膣分泌の異常なし。職業はウェイトレス,性的活動は活発,飲酒もしている。鉛暴露や渡航歴ふくめ他に特記すべき病歴はない。以前のL/DではHbもMCVも正常だったが今回のL/Dでは小球性貧血,大小不同,塗抹で1つ好塩基性斑点があった。フェリチンは14と低く鉄欠乏性貧血が考えられ鉄剤処方と消化器と婦人科の紹介となった。月経症状が重いのもありピルによる治療が始まった。上部内視鏡では胃炎があり生検でピロリ菌が陽性、下部内視鏡検査では異常はなかった。
ピルと鉄剤の内服となり1年後にはHbもMCVも改善した。
しかし1年半に立ちくらみや動悸がでてきてた。腹痛はなし。L/DHb 8.0 MCV 82、便秘のために薬をやめていた。VitB12は223,葉酸は正常,内因子抗体は陰性。鉄剤の変更とVitB12製剤開始とピルの変更が行われた。その後HbもMCVも改善した。

そして最初の受診から2年半後,立ちくらみ,倦怠感がまた出現し,Hb 7.4 MCV 63.5 フェリチン 26 Fe 500 TIBC 739の検査結果だった。その三ヶ月前に筋肉痛で救急外来を受診していたが精神状態や腹部診察ふくめ特に異常はなく月経症状も重くなかった。

さて鑑別は?
というCaseでした。


「好塩基性斑点」が気になった人もいるかもしれません。鉛暴露歴がない...ということだったのですが,赤血球電気泳動は正常で筋肉痛の症状や出血がないのに進行する小急性貧血ということで鉛濃度を測定したところ118μg/dlでした。

そうするとどこで暴露したのか...という話になるのですが職場(レストラン)での暴露はなく,なんとアパートの壁の塗料や石膏を食べていることが明らかになった。というのも南アメリカ出身で子供の頃に土や粘土を食べていたそうです。
訪問し調査したところ壁には剥がした後がたくさんあり壁に鉛が含まれていることが判明した。ハーブ,スパイス,お茶なども調査されたが鉛は検出されなかった。経口キレート剤で改善し,別のアパートに引っ越したところ再燃しなかったということでした。

解説もふくめ色々と勉強になった点を抜粋

・腹痛+小球性貧血の組み合わせは婦人科疾患(子宮筋腫子宮内膜症),消化管(PUD,IBD...etc),悪性疾患などが鑑別の上位。だが,鉛中毒も鑑別に。(正球性貧血になると思っていたので勉強になりました)
・未治療のピロリ菌感染も鉄欠乏の一因となる
・鉄剤の治療で消化管副作用(上腹部不快感,鼓腸,嘔気,便秘)はよくみられる。毎日ではなく隔日服用にすると吸収効率が増加し副作用が少なくなる可能性がある。
・口腔内に"lead line"は?→口腔微生物によって放出される硫黄イオンとの反応によって生じるので口腔内環境がキレイだと生じない
・この患者さんは同時にうつやストレスがあり,土や粘土などかみごたえのある材料をかむという子供の頃の習慣を引き起こした。(異食症は地域によっては許容される)。鉄欠乏性貧血→ペンキや粘土などの異食症→鉛中毒、というパターン(なお、鉄欠乏性貧血→異食症→水銀中毒の報告も(N Engl J Med. 1982 Apr 29;306(17):1056-7.))。鉄欠乏性状態だと鉛の吸収が促進される
・米国では耐久性と耐湿性を高めるために住宅用塗料に鉛が加えられていたが,暴露リスクのために1978年に使用が禁止された。1978年以前の住居にはまだ残っている。

□鉛中毒の症状

・鉛は血液,脳,心血管系,腎臓,生殖器系に影響を与える
・濃度が50-60を超えると貧血が発生する。ヘム合成の障害,赤血球寿命の短縮/溶血,腎臓でのEPO産生障害など様々な機序で貧血を生じる。正球性ないし小球性貧血
・遊離赤血球プロトポルフィリンや亜鉛プロトポルフィリンの濃度上昇は数ヶ月前に鉛濃度が30μg/dlを超えていることを示唆する。鉄欠乏状態でも遊離赤血球プロトポルフィリンや亜鉛プロトポルフィリンの濃度が上昇する
・好塩基性斑点(basophilic stippling) は鉛中毒にみられるが非特異的所見である
・鉛中毒は不可逆的な認知障害や、腎障害や高血圧や心疾患リスク増加につながる長期的な障害もある
・妊婦の無症候性鉛暴露は妊娠転機(自然流産,妊娠高血圧)や胎児の発育(発達遅延,IQ低下,行動問題)のリスクがあるうえに鉛は胎盤を通過する

血中濃度と症状
40-50で筋肉痛
50-60で貧血
60以上で非特異的な腹部症状
80以上で腹部疝痛

□鉛を暴露しうる場所

鉛含有物の摂取(異食症):塗料,土,粘土,その他鉛含有物
塗料の剥離:1978年以前の米国の建築物であれば粉塵もふくめ鉛暴露ありえる
鉛含有の民間療法やアーユルヴェーダ
鉛をふくむ皿や食器で調理された食べ物
鉛を含む化粧品やパウダー
鉛を含む弾丸
違法のアルコール“moonshine” (鉛やすずを含んだラジエーターを通して蒸留される)
鉛含有の海外スパイスや栄養補助食品
鉛含有のステンドグラス,絵の具,陶器,ガラス
職業暴露