ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

□ケース流し読み:肥満患者のAKI

□ケース流し読み:肥満患者のAKI

2020年1月CPS When the Cause Is Not Crystal Clear
N Engl J Med 2020; 382:74-78
 
2020年1月のCPSです

ラッキーにもMayo Resident's clinicでヒントになる症例(Mayo Clin Proc. 2018 Oct;93(10):1520-1524)を過去に読んで知っていたのとタイトルがタイトルだったので診断はかなり早期の段階で絞れました

実臨床では診断に有用な病歴とノイズのような病歴をどう振り分けて取捨選択していくか,必要な情報をどうやってとりにいくかがポイントになるので,最初からその辺が提示されてしまうのがケースレポートやカンファレンスの欠点ではあるのですが...1臨床医としてはCase reportはやっぱ面白いなと感じます

※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください


BMI 43の肥満があり高血圧,痛風,糖尿病,脂質異常症,睡眠時無呼吸症候群,ほかにアレルギー性鼻炎,喘息,CKD(Cr 1.4程度)の既往がある55才女性。数日間にわたり転倒の繰り返し,めまい,倦怠感と頻回の嘔吐があり食事や水分摂取ができなかったため救急外来を受診した。胸痛,息切れ,排便習慣の変化,排尿障害,血尿はなかった。

CKDは小児期より再発生尿路感染症があり右腎が機能しておらず,後に先天性の腎臓の異常の診断がくだされた。内服はVitD,Ca製剤,TCA,CCB,PPI,スタチン,オルリスタット(肥満治療薬),デスロラタジンなど。オルリスタット以外の薬は何年も内服しており,半年前にオルリスタットを3年ぶりに開始した。

バイタルがBP 64/40 HR 100で,排尿は1時間で10ml程度でL/DではCr 11.8 BUN162 K 8.1 の結果
NSAIDsの使用歴はなし。USでは右腎臓は9cm,左腎臓は正常サイズ,水腎症はなかった。救急外来で4Lの補液がされたが血圧もCrも改善しなかった。GI療法をしてもKは7.7と高いままだった。NAD投与し透析が行われた。その後血圧は改善したが尿量は30ml/h未満でCrの改善もなかった。

尿検査で円柱やBJ蛋白なし。ANA,ANCA,抗GBM,HIVは陰性。グロブリンや補体は陰性。

次の一手は?というCPSでした

腎生検が行われた。増殖性変化,三日月形糸球体腎炎,壊死性変化,血栓の所見はなくシュウ酸塩結晶が尿細管にみられた。他に中等度の間質性尿細管繊維症や軽度の萎縮の所見があった(慢性病変は以前の損傷に起因すると考えられた)

生検所見はシュウ酸塩腎症を強く示唆し,その原因として肥満治療薬のオルリスタットが疑われた
24時間尿中シュウ酸塩は上昇しており,原発性高シュウ酸塩尿症の検査は陰性,血中のシュウ酸は上昇していた。オルリスタットの中止とVitB6内服の方針となった。腎機能はわずかに改善したが腹膜透析継続となった。
1年後の24時間尿中シュウ酸は正常だった。

ということで肥満治療薬のオルリスタットによるシュウ酸腎症の症例で,AKIの原因で薬剤をレビューすることは重要だよねってCPSでした
(UpToDateをみるとオルリスタットふくめかなりの数の薬が記載されています。。。PPIに関しては解説で記載がありました。なお日本ではオルリスタットは未承認薬です)


解説やCommentaryでも触れられているのですがクローン病や肥満手術などで脂肪吸収不良の状態になると腸管からのシュウ酸吸収が亢進し, 高シュウ酸塩尿症からの結晶性のAKIが起きる報告がされています
VitCのサプリは高シュウ酸塩尿症のリスクをあげるとされており上記に挙げたMayoのCaseは肥満術後の人がマルチビタミンサプリを摂取後に発症した症例でした


解説やCommentary(抜粋)では

・AKIの原因は持続的な嘔吐と血圧によると考えられるが,嘔吐は尿毒尿の原因,結果のどちらもありえる。
・薬剤性腎障害は薬剤中止による改善が見込めるので初期に考慮する必要がある(この症例の腎機能改善が乏しいことに関しては後で出てきます)
PPI(特にオメプラゾール)は使用開始して数ヶ月以内に急性間質性腎炎を起こすことがあるが頻度は稀であり,患者はずっとこの薬を飲んでいるので違うでしょうとのこと
・IgA腎症など免疫介在性の糸球体腎炎の場合は典型的には高血圧になる。適切な輸液を行っても血圧やCrは改善しないことを考えるとATNは考慮してもよい。尿検査で円柱はないがATNで常に見られるとは限らない

・続発性高シュウ酸尿症は
①腸管のシュウ酸吸収増加
②シュウ酸塩(ダイオウ,ホウレンソウ,パセリ,ココア)の大量摂取や前駆体のVitCの過剰摂取
などでおこる
腸管のシュウ酸吸収増加はIBD,Roux-en-Y術後など脂肪吸収不良でおき,血液透析患者でのVitC長期補充は血漿シュウ酸Ca上昇のリスクとされている。原発性はシュウ酸Caの全身沈着(心ブロック,滑膜炎,骨症,結晶性網膜症など)をおこすが二次性はより良性の経過をたどりやすい。
・通常ではシュウ酸塩は腸内のCaに結合し,不溶性のCa塩を形成し便で排泄されるが,脂肪の吸収不良があると過剰な脂肪酸がCaの結合をめぐってシュウ酸塩と競合するため,吸収されなかったシュウ酸塩が腸管から吸収される。オルリスタットは脂肪吸収不良を起こし,薬剤性の急性シュウ酸塩腎症をおこす報告がある。
・腎生検でのシュウ酸塩の結晶は高シュウ酸尿症に限られた所見ではなく無尿の遷延やATNでもみられることがあるのでシュウ酸Ca結晶がAKIの原因か結果なのか調べる必要がある。なので高シュウ酸尿症を確認し,一次性か二次性を評価する。24時間尿中シュウ酸排泄,ランダム尿シュウ酸,グリコール酸,グリセリン酸,ヒドロキシ-1-オキソグルタル酸,血漿シュウ酸,原発性高シュウ酸尿症の遺伝子検査など。24時間尿検体の測定(24時間で0.04-0.50mmol/24h以上)は高シュウ酸尿症の診断のために推奨され24時間で1mmol以上は一次性で特徴的。しかしCKDの患者では腎機能低下による排泄低下があるので感度が下がるので血漿シュウ酸塩を測定を行う。正常は1-5μmol/L,原発性であれば80μmol/L,二次性であれば20-80μmol/L。一次性高シュウ酸尿症の診断はAGXT,GRHPR,HOGA1の全遺伝子シーケンスで感度98%で確認できる。尿中代謝産物の分析も有用で尿中グリコレート,尿中L-グリセリン酸が上昇する。

・二次性高シュウ酸尿症の治療には1日3-4L/dの水分摂取と食事の変更(低シュウ酸,高Ca)。VitB6補充もよく使用されているが有用性はあまり研究されていない。VitB6/ピリドキシンを使う理由は吸収不良自体がピリドキシン欠乏につながる可能性があり,ピリドキシン欠乏自体が(肝臓でシュウ酸に酸化される)ペルオキシソームグリオキシレートを上昇させることやピリドキシンはグリオキシレートをシュウ酸ではなくグリシンへ変換することを促進する作用があるため。
・二次性シュウ酸塩腎症は、しばしば診断が遅れそれまでに間質浸潤,尿細管損傷、,サンギウム細胞増殖など、実質内に不可逆的な変化がしばしば発生します。ケースシリーズでは二次性シュウ酸塩腎症の患者の半数以上が最終的に腎代替療法を受け、完全に回復した患者はいなかったと報告されており,この症例で改善が乏しかったことは合致するとのことでした