ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

□ケース流し読み:64才男性,心臓移植約2ヶ月後に生じた発熱と意識障害

□ケース流し読み:64才男性,心臓移植約2ヶ月後に生じた発熱と意識障害

 

心臓移植約2ヶ月後の発熱,主だったWorkUPでも原因が判明せず意識障害が出現
原因として何を考えるか?


2020年3月のNEJMのCPSです
Under Our Very Eyes(N Engl J Med 2020; 382:952-957)

※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください

 


さっぱりわからないまま読みすすめ,最終診断で約1年前の某ドラマで出たシャゴーマを思い出しました


心筋梗塞の既往がある2年LVADをつけていた64才男性。CNSによるデバイス感染が生じ移植待機リスト上位になった。
移植前に長期のDOXYによる治療がされ,移植後初期の経過は良好だった。バシリキシマブによる導入を受けた後MMF,TAC,PSLで治療された。CMVとPCP予防のためにST合剤とバルガンシクロビルを投与された。
移植4w後,心内膜生検の結果でGrade2の急性拒絶反応がありmPSLパルスと免疫抑制剤の増量,TACはCyAに変更になった。
移植7w後に寒気,嘔気,頭痛,40℃の断続的な高熱が出現した

患者は仕事引退後はコチカネット州に滞在しており米国外への渡航歴はなく,接触者,動物,昆虫の暴露の病歴も特になし。バイタルはBT 39.1 HR 95 BP 100/70 SpO2 95%。診察では浮腫以外に異常はなく,創部感染の兆候もなかった。

入院し補液とPIPC/TAZによる治療が開始された。血液培養は陰性,尿培養では大腸菌が検出された。その後,体幹部に散在性に紅斑が出現してきた。体幹部CTで両側胸水と胸骨背部に少量液体貯留,副鼻腔CTでは左乳様突起の空気を含む混濁があった。マイコプラズマIgM,クラミドフィラIgM,ボレリアPCRは陰性。トキソプラズマ抗体とPCR,HIV抗体,HHV-6抗体,HCV抗体,ガラクトマンマン,β-D,レジオネラ尿中抗原は陰性,ループスや関節RAの検査も陰性だった。

入院後,持続性の発熱と変動する意識障害が生じた。腰椎穿刺の結果では細胞数,TP,Gluは正常,培養も陰性,HSCやCMVのPCRは陰性。骨髄生検で異常細胞なし。心エコーは正常,心臓内膜生検では心筋損傷のない血管周囲リンパ球浸潤のわずかな集積のみであった。

その後,発熱と精神症状は改善したので倦怠感は持続していたが一旦退院となった。退院後,発熱と意識障害が再燃し,構音障害やミオクローヌスが出現した。

血液のスメアで原虫 Trypanosoma cruzi が認められた。シャーガス病の診断でベンズニダゾールが200mg 1日2回で開始された。3d後に腰椎穿刺が行われた。RBC 308 WBC 2 Glu 101 TP 76,寄生虫がみられた。血液と脊髄液のPCRでT.cruziが陽性だった。
ドナーの情報を調べたところメキシコ出身であることがわかった。T.cruziの抗体を提出したところ陽性であった(T.cruziの移植前スクリーニングは標準的なスクリーニングではなかったため行われていなかった)


ということで無症候性のシャーガス病から移植された心臓から免疫抑制に伴って発症したシャーガス病の症例でした。途中出た体幹部の発疹はシャーガス病


移植患者の鑑別診断は非常に多岐にわたるのですが...解説では

・移植初期の感染症はドナー由来の感染症を考える
・CMV感染はバルガンシクロビルの予防投与から考えにくい
・移植後リンパ増殖性疾患は1年以内では稀でありリンパ節腫脹が現れる
結核菌感染の再活性化が起こる可能性がありますが、一般に移植後数ヶ月
寄生虫感染は心臓移植後では稀だが,2つありえる。
トキソプラズマ/Toxoplasma gondii は伝染性単核球症様症状,肺炎,心筋炎,中枢神経感染をおこす。この患者はPCR陰性でなおかつSTによる予防がされている。
シャーガス病の原因寄生虫/Trypanosoma cruziは免疫正常患者ではしばしば無症状であり,レシピエントで免疫抑制による活性化はありえる。ドナーがTrypanosoma cruziの風土病の場所にいたか渡航歴があるかどうかしることは重要。
・ドナー由来で脳炎を引き起こす可能性のあるまれな感染症はリッサウイルス,リンパ球性脈絡髄膜炎ウィルス,アメーバ,シャーガス病など

ということで無症候性シャーガス病のドナーから移植された心臓が移植後の免疫抑制にともなってレシピエントに発症した1例というCPSです。

心筋生検であった拒絶反応の所見はリンパ球集積は心臓移植レシピエントでの急性ないし再活性化したシャーガス病でもみられ,シャーガス病の再活性化で脂肪織炎様の所見がでるのでシャーガス病の可能性があったかもしれません。

シャーガス病が風土病である地域のドナーとレシピエントのスクリーニングと感染したドナーからの心臓の移植を避けることの重要性や,移植後の発熱ではドナー由来の感染または慢性感染の再活性化の可能性を考慮しましょうということでした。

【Commentaryより抜粋】

シャーガス病はTrypanosoma cruziという原虫によって引き起こされる媒介性疾患であり汚染されたサシガメの咬傷などに起因しておきる
ラテンアメリカでは主要な公衆衛生問題であり570万人以上の感染とかなりの罹患率と死亡率をもたらしている
・T. cruziの感染は気候変動により範囲の拡大が予測されており,アメリカの有病率の推定は1.2%で感染したサシガメもいるといわれている
・急性シャーガス病は免疫能がある患者ではほぼ無症状ないし非特異的な発熱として生じる
・急性感染から8-12wすると慢性感染になる。
・症状がない人もいれば30%程度で心疾患(DCM,不整脈,突然死)や消化器疾患(アカラシア,メガコロン)を発症しうる

・移植患者で急性発症した場合は持続性の発熱,倦怠感,食欲不振など非特異的な症状をおこす。脂肪織炎様の結節性紅斑や紅班は再活性化での報告がある
・髄膜脳炎は免疫抑制患者では急性感染でも再活性化でもよくある。髄液所見はTP上昇,Glu低下,リンパ球症状などがあるが正常のこともある
・臓器提供者のスクリーニングはELISAのキットで行う。どちらも高い感度をしめすが、慢性感染の除外には不十分
・慢性感染症の診断には異なる抗原に基づいた2つの陽性が必要です。

 
・心臓移植レシピエントで急性ないし再活性化したシャーガス病では心筋生検で非特異的なリンパ球浸潤が出現する。その所見は移植の拒絶反応に類似しており,免疫抑制療法の不適切な強化につながる可能性がある
・現在のガイドラインではT.cruziが風土病である地域で生まれたないし居住した人などリスクのあるドナーのスクリーニングを推奨している
 
・T. cruziの感染が陽性PCR,抗体,塗抹などで確認された場合、抗寄生虫療法の即時開始が推奨されます。
・第一選択はベンズニダゾール。主な副作用は,発疹,末梢神経障害,骨髄抑制,血管浮腫など
代替療法のニフルチモックスは胃腸障害,体重減少,気分障害,および中枢神経系の症状を引き起こす
 
などなど勉強になりました