ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

【JC】Diagnosis and the Illness Experience (JAMA. Published online October 28, 2021.)

診断はゴールではないよね?というJAMAのViewpoint

病いの経験の理解の理解も踏まえた患者中心であり,わからないという状態を受け入れる余地があり,多元的でアートなものであるべきという深い内容でした。特にDiagnostic uncetainlyとかそのへんは色々個人的に興味深いです😊

Diagnosis and the Illness Experience
Ways of Knowing

JAMA. Published online October 28, 2021.
doi:10.1001/jama.2021.19496
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2785844

診断はゴールであると思われているかもしれない。
現代の西洋医学では、客観的な分析や検査を通じて(重篤な疾患や治療可能な疾患を迅速に特定するたえ)「Rule out」の考えからで最終的に正しい答えを導く

医師にとって診断は単一性と妥当性を与えるものだが,患者にとっては別の意味を持つ
医師が診断の単一性と妥当性の追求をすることで、患者の苦しみや家族やコミュニティへの影響を無視するようになるという指摘も有る

一方で診断がされない状況は関係者全員の平穏を脅かすが...診断名がなければ治療できないのだろうか?


Diagnosisの語源は、ギリシャ語の接頭辞dia(「離れて」)とgignōskein(「知る」)だった

ヒポクラテスの時代では診断の中心となる知識は病気の性質より患者に関する習慣,食事,職業であり,病気の原因の説明より患者にを観察するものであった。また,診断だけでなく,今後どのような症状になるか,どれくらい続くか,治るか治らないかなど予言的なところが求められていた。

1700年前は「診断」はあまり重視されず,理髪師を訪れ,膿を出したり歯を抜いたり髪を切っていた。1700年代になり解剖学的な考えや体液バランス(地,火,水,空気の4要素)の考えがでてきた。

その後,聴診器,体温計,血圧計などの道具が登場し,医師は患者の症状や診察技術だけでなく道具によっても情報が得られるようになった。そして1895年レントゲンの発明が診断技術における視覚的な情報の優位性を決定づけた。


その後,ゲノム解析に至るまで技術が向上する一方で,患者の疾患の経験は後回しにされてきました。しかし,どのような文化でおいても病いは身体におきるものであり,身体的な経験をともなう。疾患の解明は社会的・文化的なものであり,規範や慣習などの影響も受ける。

たとえばパプアニューギニアでは医師や患者にとって「わからない」ことは良いことであり,これは西欧における診断の不確実性の課題とは正反対である。パプアニューギニアの病院では疾患に対する知識が不完全ないし公平でなくても治療が行われる。限られた資源と技術の中で,医師は地に足のついた謙虚な姿勢で可能な範囲で最善の治療を提供する。

西洋医学では診断は「多重性を単一性にすること」になるが,その結果,生物学的な疾患(disease)と文化としての病い(illness)に対立構造をうむ。この意味合いは歴史的にも文化的にも普遍的ではないだろう。

診断は多元性を受け入れ,疾患や経験との関連性を受け入れる余地のあるよりキャパシティの広い芸術的なものかもしれない。

現在の医療の課題はつながりとコミュニケーションである。PCの前にいる時間が圧倒的に長い医師は患者の生きた病いの経験の本質をしることができるだろうか?

診断プロセスの複雑さから,排除されつつある人が,自分の身体には気を配らずデーターが保存されているパソコンに気を配る人の提案を受け入れるでしょうか?

・診断はよりより良く,より速く,より安価に,より正確に行う必要があるが,同時に,関係性,多元性,主観的な経験,道徳的な配慮を行う余地のある広々とした芸術にならなければならない。
・診断には「知らない」ということを受け入れる余地がなければならない。
・診断は人を中心としたものでなければならい

そうすることで、医師は診断の技術に意味と癒しを取り戻すことができる。
パスツールの言葉を借りれば、「Guerir quelquefois, soulanger souvent, consoler toujours」(時には治し、時には和らげ、時には慰める)である。

診断は目的地ではない。ゴールは病いを経験している人の経緯を十分に理解して,その人に影響を与えている疾患の性質を理解し,個別の治療と癒やしの技術を用いて快適さを与えることにある