ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

Case:54歳男性,アルコール離脱のために入院した後に発症した意識障害

Case:54歳男性,アルコール離脱のために入院した後に発症した意識障害

 

Case 13-2019: A 54-Year-Old Man with Alcohol Withdrawal and Altered Mental Status
N Engl J Med. 2019 Apr 25;380(17):1657-1665.

※注意:ネタバレ含みますので注意してください,また管理人の判断で情報をかなり抜粋していることを御容赦ください

アルコール離脱による痙攣やせん妄の既往があり,ホームレスだった54歳男性
既往に小児期の痙攣,高血圧,緑内障,臍ヘルニアの手術歴がある
ガバペンチンとヒドロキシジンを内服中
過去にマリファナ,大麻,LSDを使用している

離脱の管理のために入院し,葉酸,マルチビタミン,BZO,生理食塩水を投与された
他に離脱の管理のためにフェノバルビタールが投与され漸減していった
幻覚,振戦,頻脈は改善しつつあるがアルコールへの欲求は持続していた

看護師が会話を確認して1時間か否かで胸骨を押しても反応がわずかな程度の意識障害を発症した。血糖は151,バイタルはHR 107 RR 30 SpO2 95%(2L/min)
診察上は腹部膨満があった
ナロキソン投与で改善なく胸部Xr,頭部CTで異常なし
L/Dで新規にでた所見はCr 1.24(その前は0.66) AG 20 Ph 7.40 PaO2 121 PaCO2 32
翌朝には見当識は得られ,指示にも従うことができた
EEGてんかん波なし,全般性のθ波
その日の午後,胸焼けと嘔気を報告し,暗褐色のものを履いた
尿ケトンが軽度陽性,腹部膨満と便でグアヤックが陽性
造影CTで複数の小腸の拡張と壁肥厚があった、腸閉塞に合致する所見はなかった
胃管留置したところコーヒー色の液体がでてきた

診断は?

という症例でした。
アルコール依存がベースにある人で意識障害,小腸炎(?),上部消化管出血が起きているということで鑑別が全くわからず解説へ。。。

解説では「AG20」に注目していました。
AG上昇性代謝性アシドーシスは5つのカテゴリーに分けられる

1.先天性代謝異常:プロピオン酸血症,脂肪酸代謝障害..etc
2.乳酸アシドーシス
3.ケトアシドーシス:AKA,DKA,飢餓性
4.腎不全
5.薬剤や中毒

この患者さんは1-4は該当しないので5を考える
病院ではメタノールエチレングリコールは入手不可能
アセトアミノフェンサリチル酸はこの患者では陰性

院内で入手可能という観点から、手指消毒剤中毒(63%にイソプロピルアルコール(イソプロパノール)を含有)の可能性が考えられた

イソプロパノール中毒によるCrの偽上昇の報告があり,この患者におけるBUN正常Cr上昇を説明できる
イソプロパノール中毒は急速発症の酩酊と,その後に発症する消化管毒性による出血性胃炎が特徴的で,代謝性アシドーシスを伴わない尿ケトンや血清ケトン陽性が特徴的とされている
なのでイソプロパノール中毒なら尿中ケトン,(BUN上昇を伴わない)Cr上昇,意識障害は説明可能だがAG上昇は合致しない

手指消毒剤には乳酸が含まれておりAG上昇にわずかに役立つ可能性はある
ほかに院内で入手可能なものとして安息香酸が含有されているうがい薬が候補に上がる。安息香酸は馬尿酸に代謝されAG上昇性代謝性アシドーシスを引き起こす可能性がある

ということでガスクロマトグラフィーの検査が行われた
メタノール,エタノール,イソプロパノールは検出されなかった
β-ヒドロキシブチレートは正常で生理学的ケトーシスを除外され76mg/dlのアセトン上昇があった

改善後の病歴聴取で手指消毒剤の摂取を認めた

イソプロパノールの半減期は3-7hなので摂取40h後のスクリーニング時には存在しない。なのでガスクロマトグラフィーが陰性なのは矛盾しない。アセトンは半減期が20h以上と長いため陽性になる。
イソプロパノール中毒はAG上昇はおこさないが,しかし手指消毒剤にはメチルプロパンジオールやフェノキシエタノールなど複数の不活性成分が含まれる。これらの化合物は参加をうけAG上昇性代謝性アシドーシスの原因となる可能性がある。

ということで最終診断はイソプロパノール(イソプロピルアルコール)の摂取という症例でした

「Tremors, hallucinosis, and tachycardia all abated with phenobarbital treatment, but cravings persisted.」という Hintともとれる病歴があったのですが全然反応できず。。。(現実にはそういう病例は狙ってとりにいかないと取れないわけですが)


どんな時にも鑑別の片隅に薬剤(+中毒)を考えるのは大事だなと再認識した症例でした

詳しく読みたい人は

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMcpc1900591

を参照ください。

 

全然知識がなかったのでイソプロパノール中毒をちょっとだけ確認


Toxic alcohol diagnosis and management: an emergency medicine review.
Intern Emerg Med. 2018 Apr;13(3):375-383
のイソプロパノール中毒のみ抜粋

ほとんどの手指消毒剤はエタノールと微量希釈濃度のイソプロパノールで構成されている。エチレングリコールメタノールと同様にイソプロパノール中毒の症状は非特異的であり誤診されうる。

中枢神経症状:1h以内にピーク,エタノール中毒と同様
消化器症状:嘔気,嘔吐,腹痛,出血性胃炎
低血糖は栄養失調患者であれば発症しうる
低血圧や低体温は末梢血管拡張で起こりうる
Crの偽上昇が起こることがある(アセトンの生成によりCr分析が邪魔される)

代謝性アシドーシスを伴わないケトーシスはイソプロパノール中毒に特徴的
治療は保存的に行う,フォメイゾールは不要

ということでした。