ある病院総合診療医の備忘録

関東在住の総合診療医・老年病専門医です。日々の学びの書き留め用に。 Twitterもはじめました。 @GHhrdtk

【PLOS One 掲載】虫垂炎の診断遅延に関する後ろ向き観察研究

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0276454

(総合診療医+救急医=)Generalistは虫垂炎を見逃しにくい、という単施設後ろ向き研究 PLOS Oneに掲載いただきました!!

7年間のデーター集めて、先行文献に基づいて多変量解析しても、Generalistのほうが(圧倒的に)優位に虫垂炎を見逃しにくい

見逃しにくい理由として、サブ解析でカルテレビューしてみると、右下腹部の圧痛のカルテ記載は有意差がつかないが、腹膜炎をとるフィジカル(heel drop、cough test 、tapping pain)、骨盤部虫垂炎をさぐるフィジカル(psoas、obturator)の項目のカルテ記載で有意に差がついているのでここらへんが関連しているのではないか(たぶん)

 
という結果です
以下概要ですが興味ある方は是非論文参照いただければ幸いです!!
御指導いただいた、原田 侑典先生、弘重先生、志水先生ありがとうございました!!
 
虫垂炎の診断エラー/診断遅延に関して
 
・急性虫垂炎の診断は時に困難であり、近年の腹部画像検査の進歩にもかかわらず、その誤診発生率は減少していない
・診断ミスは、成人急性虫垂炎の5.9~25.7%で報告されている
・急性虫垂炎の誤診は、穿孔、術後合併症(麻痺性イレウス、創部感染、持続性ドレナージ、創部離開)、入院期間の延長と関連している
 
・先行研究では、成人の急性虫垂炎の診断ミスに関連する要因として、60歳以上、骨盤部の虫垂炎(症状や所見が出にくい)、非典型的な症状または不十分な診察、医師の経験、女性、併存疾患、便秘の存在、痛みがない、などが知られている
・成人における急性虫垂炎の診断の遅れに医師の専門性が関連するか調べた研究はない
 
■診療科特性と診断エラーに関して
 
・日本では、歴史的に専門医養成が重視されてきたため、プライマリーケアや救急医療では専門医とジェネラリストの両方が担っている
・下部消化管穿孔の診断遅延に関する日本での多施設共同研究では、急性腹症の診断精度に対する医師のトレーニングの影響の可能性が強調され、ジェネラリスト(プライマリケア医と救急医)は非ジェネラリストよりも診断遅延の割合が低いことが確認されている。しかし、この研究では、ジェネラリストが下部消化管穿孔の診断ミスを少なくする要因やプロセスについては触れていない (Sci Rep. 2022 Jan 19;12(1):1028)
・急性虫垂炎は、下部消化管穿孔と同様に、臨床症状が類似している急性腹症である。したがって、ジェネラリストによる急性虫垂炎の診断の遅れは少ないと予想されるが、現在までのところ、このことを報告した研究はない。
 
虫垂炎の診断精度と身体所見
 
虫垂炎の診断に決定的な臨床的に重要な身体所見はひとつもなく、決定的な臨床検査もないため、急性虫垂炎の診断には、病歴聴取と身体診察に基づく臨床判断が重要。
虫垂炎の診断でよくある落とし穴は、単一の臨床症状や徴候に基づいて診断を含めたり除外したりすること。
・一般内科の入院患者において主治医による身体所見が重要な管理の変更につながったという報告  や、不十分な身体検査が予防可能な医療過誤を引き起こすという報告もある
 
・同じ身体検査を実施した場合の医師間の一致度に関する研究はあるが、医師が各身体検査を実施するかどうか(あるいは所見を記録するかどうか)の違いと診断精度の関連は調査する価値があると考えられる
・例として、直腸診は虫垂炎の診断精度にあまり寄与しないと報告されているが 、直腸診を記録した虫垂炎症例の診断ミスは少ないと報告する研究もある。このことは、身体検査の直接的な効果よりもむしろ、身体検査に対する医師の態度が虫垂炎の診断精度に関係している可能性を示唆している。
 
という背景からの研究です
 
・Generalistの定義は総合診療医と救急医の両方を含めています
・診断遅延の定義はCTがある施設であれば初回の診察で診断しているか、CTがない施設であればすぐに紹介をして適時に診断をしているか、という回数のみでの厳し目の基準に設定
・探索的研究では対象病院の初診のカルテ(紹介患者は除外)のみ抽出して、右下腹部の圧痛(McBurneyの圧痛、Lanzの圧痛含む)、腹膜刺激をひっかける身体診察(Heel drop test,cough test,tapping pain)、骨盤部の虫垂炎をひっかける身体診察(Psoas test,obturator test)、をカルテに記載しているかどうかを調査しました
 
■結果
・763例が解析対象となった
・年齢層は40.9±15.4歳で,330例(43.3%)が女性であった.
・診断遅延は26.2%で発生していた
・Generalistの場合は4.7%、消化器科の医師の場合は26.3%、それ以外の診療科の場合は25.4%だった(P<0.001)
・既知の診断エラーと関連している項目をふくめ多変量解析を行ったところ、女性 OR 1.95(95%CI 1.21-3.16)、右下腹部に圧痛がない OR 7.32(95%CI 3.45-16.2)、下痢 OR 1.91(95%CI 1.09-3.34)、発症6時間後の受診OR 2.43 (95%CI 1.16-5.37)、非Generalistによる診察 OR 16.8(95% CI 3.19-315)の結果だった。
・探索的検索では247例が対象となった
・247例のうち31例で診断遅延が確認された(12.5%)
・Generalistは2.5%(1/40)、非Generalistは14.6%(30/206)だった
・右下腹部の身体所見の記載頻度はGeneralist 90%、非Generalist 83.1%
・腹膜刺激徴候に関連する身体所見(heel drop、cough test 、tapping pain)の記載はGeneralist 82.5%、非Generalist 31.9%
・骨盤部虫垂炎に関連する身体所見(psoas、obturator)の記載はGeneralistが37.5%、非Generalistが4.8%だった
・全体として,身体所見の陽性率は非ジェネラリストとジェネラリストの間で差がなかった
 
■考察
・急性虫垂炎の診断遅延率は26.2%だった
・診断遅延の要因として、女性、右下腹部痛がないこと、診療所での初診、症状発現後6時間以上経過してからの受診が確認された。
・非総合医による評価は診断遅延の可能性を高め、非Generalistでは25.8%(165/638例)、Generalistでは4.7%(3/64例)であった。
・多変量解析で他の要因を調整した後も、非総合医への受診は診断遅延の危険因子であることに変わりはなかった。
・探索的解析の結果、ジェネラリストは非ジェネラリストに比べ、腹膜刺激症状や骨盤内虫垂炎の身体所見をとる頻度が高いことがわかった。しかし、これは探索的分析に基づくものであり、ジェネラリストの診断プロセスと診断遅延の可能性の低さとの因果関係を推論することはできない。
 
・26%と診断遅延の頻度が高い理由
→診断診断の基準に主観性をもたせない意味でも厳密にしたため
→6%の報告はあるがBigdataであり過小評価になっている
→先行研究でも20%近くの報告はある
→Populationによって頻度がかわるのはやむを得ないだろう
 
・Generalistが急性虫垂炎を見逃しにくい、というのは、同じ急性腹症である下部消化管穿孔の診断遅延の研究結果とも合致する
・そして、Generalistが非Generalistより腹膜刺激徴候に関連する身体所見(heel drop、cough test 、tapping pain)や骨盤部虫垂炎に関連する身体所見(psoas,obturator)を多くとっていたのは本研究において重要な発見だろう
・本研究の強みはカルテレビューを通じて医師の専門性と診断プロセスに関する情報を収集し、これらの要因と急性虫垂炎の診断遅延との関連を評価したことである
・しかし本研究には様々なLimitationがある
→「単施設」「後ろ向き研究」であり選択バイアスや情報バイアスは排除できない
→診断遅延の定義は客観的な定義を用いたが、評価は1人のレビューワーがこなった
→そもそも医師の数や外来音患者の数、様々な交絡因子が絡む話であり、調整されていない可能性もある
→フィジカルに関する探索的研究はサンプルサイズも地位書く単変量解析のみである。デザイン上、身体所見の記録がもとなのでカルテ記載をしなかった場合に関してはわからない。
→(客観性も重視して(CTで確認された症例のみをInclusionにしているがそれが一般的かどうかは国や医療制度による
→CTの感度は100%ではないのでその見落とし症例の研究はしていない
 
■結論
 
・CT所見で虫垂炎と診断された患者のうち、診断の遅れが生じたのは約4分の1であった。
・Generalistによる診察は診断遅延の発生率を低下させることに関連した。
・Generalistは様々な身体所見をとっており、それが他の専門医と比較して診断の遅れを低く説明する可能性があることが示唆された.